紙の用語集


【生箋】 (せいせん) 生紙、生宣、生宣紙

加工を施していない、漉いたままの紙。生紙(きがみ)。より狭義には青壇と稲藁を原料とする宣紙を指し、生宣(せいせん)、生宣紙(なませんし)ともいわれることもある。生の宣紙の場合、一般に吸水性が高く、墨が浸透しやすく、滲みが出やすい。
生箋は墨液が滲みやすいその効果を生かし、そのまま書画に使われるほか、熟箋や半熟箋など、各種加工紙の原材料となる。
かつては生箋がそのまま書画に使用される例は極めて稀であったが、現代では書に限らず、画においても生箋の利用が主流をしめている。

【熟箋】 (じゅくせん)

生箋に、滲みを抑制する加工を施した加工紙。現代では滲み止めの度合を「熟度」と言い、もっとも熟度が高く、紙への墨液の浸透と滲みが抑えられた加工紙を言う。礬砂、膠、蝋、胡粉などの材料を塗布し、あるいは紙へ研磨や圧を加え、繊維を緊縮させて紙の性質を変化させる。蝋箋、蛤蜊箋、粉箋、礬(矾)箋など。泥金を塗布した泥金箋や、金箔を張った金箋、洒金箋を含めることもある。
紙の表面が滑らかで墨が滲まないため、繊細緻密な筆致をよくとどめる。故に小楷、写経などの筆写、工筆画、また扇面の原紙としても利用される。
すぐれた加工紙を作るためには、加工法もさることながら、原紙となる生箋の選択も極めて重要である。

【半熟箋】 (はんじゅくせん)

生箋の性質をある程度残した半加工紙。かつて生箋はそのまま書くと滲みやすく、また筆をとられやすいため、滲みを抑える加工を施されて使用されていた。しかし墨の浸透や滲みを完全に抑えてしまうと、墨が紙と交わった時の墨の発色、変化などの、さまざまな効果が失われる。よって書き手の意図に合わせて、多様な加工が生箋に施されてきた。
材料を添加して滲みを抑制する処理には、蝋、膠、礬砂、あるいはサイカチの煮出し汁や、豆腐の絞り汁などの塗布がある。また石で紙を研磨して紙の繊維を緊縮させ、墨の浸透を抑える「砑光」という法がある。それらの手法を組み合わせ、またそれぞれの加工の程度によって、さまざまな性質をもった加工紙がつくられる。
代表的な半熟箋には、煮捶箋(しゃついせん)、豆腐箋(とうふせん)などがある。さまざまな書写や、写意、特に小写意山水にはこの種の紙が使用されることが多い。

【煮捶箋】 (しゃついせん) 煮捶紙、煮捶宣。捶は硾とも書く。

生箋を滲みを抑制する溶液に浸し、乾燥後に研磨して繊維を引き締め、滲みを調整した半熟箋。滲みを止める溶液には、膠水、礬砂、石花菜(ある種の海藻)の煮汁などが用いられる。また漉きあがった生箋に熱湯をかけて乾かすことを三〜四回繰り返し、乾燥の後に砑光するだけの法もある。礬砂や膠水を用いる法に比べて、墨の発色が自然である。
滲みをとめる溶液の性質、濃度によって、さまざまな性質に調整される。熟箋に近い状態を「熟度」という、感覚的な値で表す時がある。すなわち熟度十分で熟箋になる。三ないし七分ほどに滲みを止めた紙が半熟箋の煮捶箋とされる。
書き手の好みにあわせて、様々な熟度の煮捶箋が存在したと考えられる。広く書画に用いられた。

【玉版紙】 (ぎょくばんし) 玉版宣(ぎょくばんせん)、玉版箋(ぎょくばんせん)

玉版、あるいは玉版紙は、もとは白玉のように白くなめらかな光沢のある紙という意味で、唐代、宋代においては高級紙の代名詞であった。
北宋蘇軾の「孫莘老寄墨四首」には「溪石琢馬肝、剡藤開玉版」とあり、剡県(現浙江省紹興)の藤紙がそう評されていたことがうかがえる。また「負喧野録」によれば、宋代の徽州歙県一帯でも「新安玉版」という紙が製せられていたという。あるいは蜀(四川省)における「蜀紙」の産地においても、「玉版」の名がある。生箋は加工されずに書画に使用されることが稀であったから、いずれも加工紙であったと考えられる。
現存の蒐集品などから推測すると、清朝から民国時代においては、やや厚手の二層以上の高級な煮捶箋の一種がこれに該当すると考えられる。1970年代まで造られていた北京栄豊齋の「A級二層玉版」は、蝋を添加し、加圧した加工紙であった。
現代では宣紙の中でも上質な紙を「玉版」あるいは「玉版紙」と呼ぶことが多く、その場合の「玉版」は主に生箋である。あるいは近年の倣宣紙に「福建玉版」があるが、これも生箋である。

【豆腐箋】 (とうふせん)

生箋を豆腐を作った際に出るしぼり汁に浸し、乾かした半熟箋(半加工紙)。滲みが抑制され墨液が横広がりに滲まないが、紙にはわずかに浸透し、墨の濃淡の変化に生箋に近い効果がある。筆致が滲まず、かつ淡墨の発色が素直なので、書写のほかに小写意山水によく用いられる。
豆腐の絞り汁には大豆サポニンが含まれているが、滲みの抑制はその作用か。「芥子園畫傳」には、生箋の滲みを抑制する法に、サイカチの煮汁で染める手法が紹介されている。サイカチにもサポニンが豊富に含まれている。いつの時代から「豆腐箋」があったかは不明であるが、古くから同様の手法で紙の加工がおこなわれてきたと推測される。
現代の日本市場ではほとんどみかけない。中国では一般に流通しているが、原紙の良否によって価格は大きく異なる。

【蝋紙】 (ろうし) 蝋箋

蝋を塗布した熟箋(加工紙)。蝋には蟻科の昆虫から採取される蝋が使用される。玉版紙などの半熟箋の紙の加工にも蝋の塗布が施されるが、一般に蝋箋と呼ばれるのは熟箋である。さらに胡粉や顔料をもちいて、さまざまに着色した紙は特に粉蝋箋と言う。
唐代には黄檗で黄色く染めた麻紙に蝋を塗布し、墨が滲まず半透明に透けた紙がつくられ、模本(敷き写しによる複製)作りに広く利用された。蝋によって紙が透けると同時に、下敷きにした原本が汚されないのである。また本来凹凸の多い紙の表面が蝋の様に滑らかになり、繊細な筆致の輪郭も正確に写し取ることが可能になる。黄檗で染めない硬白紙(あるいは白蝋紙という)もあった。
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