筆の洗い方
硯と同様、筆は使う都度丁寧に洗い、良く乾かして次の使用に備えなければならない。扱い方一つで、筆の寿命は延びも縮みもするものである。筆筒の筆を見れば、持ち主の心がけや技量の程は容易にうかがえるものである。
筆は消耗品であるとはいえ、古人は使用できなくなった筆も、筆塚を築いて丁重にこれを弔(とむら)ったのである。いやしくも筆を執る者であれば、使用する筆に感謝と愛着の念をこめて、大切に扱わなくてはならない。
筆の洗い方といっても、特に難しいことはない。ただ筆鋒をすべて下している筆と、中ほどまでしか下していない筆では、その洗い方が異なる。筆鋒をすべて下している筆は流水で洗うことができる。
筆鋒を根元までおろしていると、どうしても根元に墨があがって墨だまりが出来る。ほうっておくと膨張して筆管が割れることがある。また湿気の多いところに放置すると、墨だまりが腐敗し、筆がダメになることがある。筆の付け根にたまった墨を絞り出すようにし、よく墨を抜いておく。無論、石鹸や洗剤などは決して使用してはならない。
洗い終わったあとは、筆鋒を絞って水分をよく抜き、円錐ないし紡錘に筆鋒を整えてから乾かす。筆鋒の先端を尖らせるように整えておくと、次回の使用時に筆のコシが損なわれず使いやすい。
中鋒以上の筆、あるいは對聯筆以上の大きな筆であれば、すぐに筆筒にさしてはいけない。水分が根元に下りて筆鋒が膨張し、筆管が割れることがある。かならず筆架などにかけて、さかさまにして乾燥させなくてはならない。
筆鋒の毛を乱れたまま乾かすと、おかしな癖がついて次回の使用に差し支えることがある。また濡れた筆管も水滴をよくぬぐっておく。筆管の割れを防ぐためである。
筆を1/2ないし1/3ほどまでしかおろしていない筆は、流水で洗うと筆鋒が砕けてしまう。
よってまず筆鋒に残った墨を、反古や不要の紙でぬぐう。字を書いた反古でも構わないが、あまりザラザラした紙を使うと、筆鋒の摩耗が早まる。コピー用紙や広告用紙の無用のものがあれば都合がいい。
このとき筆を寝かせてから引き抜くように、穂先を整えるような格好で、筆鋒から筆管の方向へ線を引くようにして墨を落とす。
大体墨が落ちたら、水滴を紙の上に落し、筆鋒の下した部分に水を含ませてからさらに墨を抜いてゆく。手元の反古が吸水性の高い紙であれば、別途絵皿などに少量の水を用意し、小鳥が水を飲むような具合で筆鋒の先端に水を含ませ、紙上で墨を抜いてゆく。
墨液が十分に希釈され、墨の成分が筆鋒から抜けたところで、最後に筆鋒の先端を整えて乾かしておく。
仮名、細字用の狼毫面相筆なども、同様の洗い方をすれば問題ない。小さな筆や細筆は、手入れを怠るとたちまち書き味が悪くなるものである。
もっとも「水筆」と呼ばれる実務筆記用の兼毫筆などは、筆帽とよばれる真鍮や青銅でできたキャップをはめて筆鋒が乾燥せぬようにし、洗わないまま繰り返し使用された。しかしその消耗が早かったのも事実である。