硯の退鋩
硯は長らく使用していると、鋒鋩が弱くなり、墨を溌墨させる力が減退する。いわゆる退鋩である。
退鋩してしまった宋代の蠖村石硯(いわゆる澄泥硯)を例にとる。この硯はもともと出土した硯であったが、溌墨が良いので現在も繰り返し使用されている硯である。
一見すると何の異常も無いようであるが、硯面に光を当てて、やや斜めから見てみる。
角度によって硯面が白く反射していることがわかる。鋒鋩が磨滅してしまい、墨が磨りにくくなっている状態である。こうした状態の硯で墨を磨ると、墨は遅遅として溌墨せず、膠が練られて墨液に余計な粘りが出る。墨液は粘るが、紙に書いてみると濃さが全く出ない。
温度、湿度の条件が良いにも関わらず、墨を磨っていて調子が出ないときは、硯の退鋩も疑う必要がある。
蠖村石を例にとったが、これは歙州石でも端溪石でも起こりえる。退鋩した硯は
目立てをしてやる必要がある。
もちろん、退鋩しにくい堅牢で緻密な鋒鋩を持った硯石ほど佳材である。
しかしそうした佳材が入手できなくても、硯には適切なメンテナンスを施すことで、道具としての有用性は保たれるのである。